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京都の伝統工芸が支える、京の雅・舞妓さん 〜2011年5月〜
西陣織、京友禅、花かんざし、京鹿の子絞り・・・
京の舞妓さんが身にまとう装飾品は、長い歴史の中で培われた京都の伝統工芸の技によって支えられています。

今回は、舞妓さんの美しさを支える、京都の伝統工芸についてご紹介します。
舞妓さんの美しさを支える、京都の伝統工芸
西陣織(帯)
西陣織の特長は、多色に染めた糸を使用することで生まれる、絢爛豪華(けんらんごうか)な模様の精緻さにあります。 その歴史は古く、5〜6世紀初頭、豪族・秦氏が養蚕と織物を始めたことが起源と言われています。 「西陣で織れないものはない」といわれるほど、非常に高度な織り技術を持っています。

舞妓さんの帯は、「だらりの帯」と呼ばれ、足もとまで届くほどの長さです。 長さは、通常の袋帯の約1.5倍、6メートル50センチもあります。 帯には、通常、端から約30センチの間に、置き屋さんの家紋が入っています

京友禅(お着物)
絹織物の白生地に花鳥風月などの模様を染め上げる京友禅は、その華やかさで有名です。 17世紀後半の元禄時代、扇絵師の宮崎友禅斎が考案したデザインが大流行し、友禅斎にちなんで 「京友禅」の名前がつけられました。
そもそもは「手描友禅」でしたが、本格的な手描き友禅の場合、完成までに26もの工程を踏む大変手間のかかるものとなるため、 明治初期に「型友禅」が考案されました。「型友禅」では、模様を写し取った型紙(かたがみ)を使って作られるため、量産が行えるようになりました。 かつては、染料を定着させるための糊を流す「友禅流し」が、鴨川や堀川で行われており、 京の風物詩の一つでした。

舞妓さんのお着物は「お引きずり」(注1)と呼ばれ、その特徴は、肩と袖に「縫い上げ」があることです。 「縫い上げ」は、通常、幼い子どもの着物に施します。つまり、「縫い上げ」をすることで、舞妓さんが「幼くてかわいらしい」ということを強調している、と考えらます。

(注1)お引きずりとは、着物の裾を引きずるように着ること。また、そのように仕立てた着物。花嫁衣装の類。(goo辞書より引用)

花かんざし
舞妓さんと言えば、ゆらゆらと揺れる「花かんざし」を思い浮かべる方も多いことでしょう。 花かんざしは、その華やかさ、細やかな細工に特徴のある京都独特の工芸品です。 絹の羽二重、和紙、平糸、針金などを材料として、花びらなどの形の部品を一つ一つ作り、それらを組み合わせて美しく仕上げます。

舞妓さんの花かんざしは、月替わりで四季折々の草花や風物詩をモチーフにデザインされます。月替わりのモチーフは、次の通り。

1月 松竹梅 笹に梅 折り鶴
2月 梅
3月 菜の花 水仙
4月 桜 五郎蝶
5月 藤 あやめ
6月 紫陽花 柳
7月 祇園祭(祇園祭や夏にちなんだモチーフをあしらった華やかなもの) 
8月 朝顔 すすき 花火
9月 ききょう 萩
10月 菊
11月 もみじ
12月 まねき

12月の「まねき」についてご紹介しましょう。
12月になると、京都四条南座では「吉例顔見世興行」が行われます。 「まねき」とは、南座の前に飾られる看板のことで、歌舞伎役者さんのお名前が勘亭流の太い文字で書かれています。 「まねき」のかんざしには、この看板の「まねき」がミニチュアとなって飾られています。ミニチュアの「まねき」は、最初は白地で何も書かれていません。 「吉例顔見世興行」を見に行った舞妓さんが、御贔屓(ごひいき)の歌舞伎役者さんにサインを書いてもらうために、最初は白地なのだそうです。なんとも、粋で雅な習慣ですね。

京鹿の子絞 [ きょうかのこしぼり ] (手絡 [てがら 注2]
鹿の子絞りとは、6、7世紀頃には既に行われていた染色技法。絞り染めの括り(くくり)の立体感のある模様が、子鹿の斑点に似ているところから「鹿の子絞り」と呼ばれています。
非常に手間がかかり複雑で精巧な柄構成が特徴で、 多様な技法に専門性の高い技術が伝承されています。

(注2)手絡(てがら)とは、日本髪を結う際に、髷(まげ)に巻きつけるなどして飾る布のことをいいます。 (Wikipediaより引用)
作り方は、絞りの布を筒状にして、中に綿をつめます。絞り自体のふくらみと、中に綿をつめることで、 ふっくら丸みが出てかわいらしい印象になります。

京くみひも(帯締め)
京くみひもは、平安時代が起源とされ、神具・仏具、武士の鎧兜(よろいかぶと)、刀下げ緒(さげお)など装身具や調度品に広く使われてきました。
「くみひも」は、ひもという実用品でありながら、その美しさゆえに、長い間、天皇や貴族、寺社、そして武士などに独占されていました。 そうした歴史の中で、京くみひもの技は磨かれ、独自の美しさを築きあげました。
現代では、主に帯締め、羽織紐など和装用として用いられるほか、 アクセサリーなど新しい用途も開拓されています。
舞妓さんの帯締めも、上品で優美な京くみひもで作られています。

京扇子
扇子は、平安時代初期、日本で生まれ、貴族の間で用いられ発展を遂げました。
当時の扇子は、薄いヒノキ板を重ねて綴ったことから「桧扇(ひおうぎ)」と呼ばれました。
京扇子は、夏の涼を取るという目的よりも、貴族の象徴として儀礼的に用いられてきました。
現代では、舞扇、能扇、茶扇、祝儀扇などの用途に応じて、非常に多くの種類があります。
京扇子の製造工程は細かく分けられ、各工程は分業によって行われています。
特に金銀箔、漆、蒔絵などが施されたものは、高級美術品として珍重されています。

京足袋
伸び縮みの少ない最高級の木綿の生地を使って作る、手作りの京足袋。
戦前は35軒あった京足袋屋も、現在では1軒となりました。
誂(あつら)え専門で、出来上がるまでに4ヶ月かかります。店出し(デビュー)する舞妓さんからの注文があると、まずは足の全長や親指の周囲など、 両足で計20か所を採寸。そこから型紙を作って、用途によって5台のミシンを使い分けながら作られるそうです。

おこぼ
底の部分が桐材で作られた履物で、底の部分の高さは約15センチあります。
戦前の舞妓さんは、 今より幼い女の子が多く、その身長を高く見せるため、厚底の履物をはいたと言われています。
おこぼを製作・販売する店は、明治・大正期には数十軒ありましたが、現在は数軒。
舞妓さんとして店出し(デビュー)してしばらくは、鼻緒は真っ赤な色で、おこぼの内側に鈴が取り付けられています。 その後、鈴ははずされ、鼻緒の色はピンク色に変わるそうです。



2009年時点、京都の舞妓さんの数は90人と言われています。
一時はずいぶん少なくなったそうですが、 最近、メディアに取り上げられる機会が増えたことで、舞妓さんを志望する若い女性が増えつつある、と聞いています。
京都の伝統工芸と舞妓さん、どちらも厳しい道のりですが、その美しさを次代へと引き継いでいっていただきたいと思います。
※本文中、敬称は略させていただきました。
※掲載内容は、2011年5月時点、弊社で調べた情報によるものです。
最新の正確な情報につきましては、各企業・各店舗・その他各団体へご確認ください。
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  • 2011年5月1日更新