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京都 梅の名所案内(後編:随心院) 〜2011年3月〜
先月に引き続き、京都の梅の名所紹介として、
私たちノウションの近くにある、随心院(ずいしんいん)
をご紹介します。

随心院の梅は、遅咲きで、例年3月中旬から下旬が見頃と
言われています。また、平安の女流歌人・小野小町(おののこまち)
ゆかりのお寺としても有名です。

今回は、小野小町伝説に触れながら、随心院の梅の魅力をお届けします。


随心院 (ずいしんいん)(京都市山科区)  〜「はねず踊り」と小野小町伝説
 小野小町の居住跡とも言われる随心院は、季節ごとに美しい花々が咲きます。とりわけ広い境内の一画を占める小野梅園の紅梅は見事です。

400坪の梅園を埋め尽くすように咲くのは、「はねずの梅」約230本。 「はねず」とは薄紅色の古称で、随心院の梅は古くから「はねずの梅」と称されていました。
「はねずの梅」は八重の遅咲き。毎年3月中旬から下旬にかけて満開となり、3月1日〜3月31日にかけては小野梅園にて「観梅会」が行われます。

梅の満開と合わせて、3月最終土・日曜日には「はねず踊り」が催されます。はねず色の段絞りの小袖を着て梅の花笠をつけた少女たちによる愛らしい踊りです。 元禄から明治の頃まで続いたこの踊りですが、一度は姿を消してしまいました。昭和48年、「はねず踊り」を愛する人々の声に応えて、古老の記憶をたどりながら歌と踊りを復活させたそうです。「はねず踊り」の歌は、小野小町を恋い慕う深草少将の悲しい伝説「百夜通い(ももよがよい)」をテーマにしています。

その伝説とは。。。

深草少将は小野小町を慕って訪ねてきましたが、小町の態度は冷たいものでした。少将は、『あなたの心が解けるまで、百夜でも参ります。』と百夜通いを誓い、 通い続けます。九十九夜、その日は雪の夜でした。門前にたどり着いた少将は、疲れきって倒れたまま、二度と起き上がることはありませんでした。

以上が有名な「百夜通い」伝説ですが、「はねず踊り」の歌では、少々違った結末を迎えます。九十九日目の雪の日、体調の良くなかった深草少将は、 別人に百夜通いを頼みました。小町は、よくぞ雪の中を通って来たと、別人を家の中に招き入れます。そこで別人であることが知れて、小町は少将に愛想を尽かします。 その後小町は、里の子ども達と一緒に舞を踊りながら楽しく余生を過ごしました。
このように「はねず踊り」の歌では、悲しい伝説ではなく滑稽譚(こっけいたん)として表現されています。 この歌に合わせて地元の子ども達が、小町と少将に扮して艶(あで)やかに踊ります。

随心院には、他にも小野小町にまつわる伝説や遺跡があります。

●「小町化粧の井戸」
 小町が朝夕の化粧で使ったと言われています。

●「文張り地蔵菩薩像」
 小町に寄せられた恋文を下張りにして造ったと言われています。

●「卒塔婆小町坐像」
 小町の晩年の姿を写したと言われています。

小野小町伝説にあふれる随心院。
梅の花咲く今、ぜひお出かけになってはいかがでしょうか。
随心院公式サイト
京都 梅に関する情報
※本文中、敬称は略させていただきました。
※掲載内容は、2011年2月時点、弊社で調べた情報によるものです。
最新の正確な情報につきましては、各企業・各店舗・その他各団体へご確認ください。
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特記事項
  • 2011年3月1日更新