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新春を迎えて 京の行事と、行事にちなんだお番菜 〜2011年1月〜
先月に引き続き、随筆家・京料理研究家である大村しげさんの著作から、
昔ながらの京都のお正月の行事と、行事にちなんだお番菜をご紹介します。
元日の始まりは、寅の刻から
大村しげさんは大晦日から元日にかけて、八坂神社へおけら詣りにでかけた後、
なんとなく寝られないまま、夜通し起きておられることが多かったそうです。
夜通し起きていると、いつ大晦日が終わり、いつから元日になるのか、わからなくなってしまいますが、 元日の始まりは、寅の刻、つまり午前4時からと言われているそうです。

すず
冬の午前4時と言えば、まだまだ暗いですが、八坂神社で受けた
「おけら火」を火種にして、ガスの火を点け、お雑煮をたきます。
「おけら火」でたくお雑煮を頂くと、心身のけがれを清めて、一年間、
健やかに過ごすことができると言います。


では、京都のお雑煮についてご紹介しましょう。
お正月
●白みそ仕立てのお雑煮
お雑煮
白みそ仕立てのお雑煮▲
京都のお雑煮は、まったりとした白みそ仕立て。
その代表的な作り方をご紹介します。

@昆布だしを用意する。
A@に、切らずに大きいままの頭(かしら)いも、こいも、お雑煮大根の輪切りを入れて、柔らかくなるまでたく。
Bおもちは、別にたいて、やわらかくしておく。
CAにBのおもちを入れて、白みそをとく。
DCをお椀にもりつけたら、上から花がつおをたっぷり、ふんわりとかける。

お雑煮に入れる具には、それぞれに願いが込められています。
大村しげさんは、それぞれの具にまつわる意味を次のようにご説明されています。

「お雑煮に入れるものは、人さんの頭になるようにと大きい頭(かしら)いもが一人に一つ、切らずに丸のまま。 そして子孫が繁栄するようにとこいも。大地に根を張る願いを込めてお雑煮大根の輪切り。 それに丸い小餅で、みんな角のないもんばっかりである。この一年も人さんと争わず、何事も丸うおさめて暮らすように、とのいましめでもある。」
(参考文献@より引用)

頭いもは、びっくりするほど大きく、大人のこぶし大ぐらいのこともあります。
このお雑煮に慣れ親しんだ人は、「白みそ仕立てのお雑煮を食べないと、お正月を迎えた感じがしない」と思われるそうです。
鏡開き
●みぶ菜のお雑煮
四日は鏡開き。開いたお餅を焼いて、京野菜の一つ、みぶ菜と一緒におすましのお雑煮を頂きます。鏡開きは、暦では一月十一日となっていますが、 京都の古くからの風習では一月四日だそうです。
大村しげさんが、みぶ菜のお雑煮について、次のようにおっしゃっています。

「このお雑煮は、こうばしいて、さっぱりとして、三が日、白みそ仕立てを祝うたあとに、ほんよろしい。」(参考文献@より引用)
七草
●ななぐさのおかいさん
一月七日の早朝、まだ夜が明けぬ闇の中、七草のしきたりは始まります。

まず七草を洗って、まな板の上にのせ、
まな板の左端にすりこぎを、右端に包丁を置きます。
恵方を向いて、家族がそろいます。家長から順番に、祝いうたを唱えながら、
左手にすりこぎを持って七草をたたきながら、右手の包丁で七草を切ります。
祝いうたは、次のとおり。

♪唐土(とうど、注1ご参照)の鳥と 日本の鳥が
堺の橋を 渡らぬさきに ななくさなずなで ホーホーよ
(注1)昔、日本から中国をさして呼んだ名。(デジタル大辞泉より引用)

この祝いうたの意味について、大村しげさんは、次のように記されています。

「古老に聞いたところでは“鳥が渡らぬさき”ということばがあって、それは未明のことやそうな。 なんでも、夜が明けると、災を持った鳥がやってくるので、その鳥が渡って来ない未明に、お祝いをしようというのである。 そやから、神事はみんな暗やみのなかでおこなわれるのやと。」 (参考文献Bより引用)

祝いうたを唱えながら七草を切るときは、切る真似ぐらいなので、あとでもう一度、しっかりと包丁で刻みます。 そのとき、手は直接、七草に触れずに、すりこぎで押さえて切ります。
七草がゆ七草を神聖なもの、と考えるからでしょうか。
青々とした七草の色が、目に鮮やかな、ななぐさのおかいさん。
お正月の間、野菜不足になりがちですが、
七草がゆはビタミン不足を補うことができますし、
またご馳走続きで疲れている胃腸を休養させる、
という効果もあります。まさに、先人の知恵です。
ただ、実際の効果以上に、家族がそろってみんなの健康を祈る、というとても重要なしきたりの一つだったと言えそうです。
小正月
●あずのおかいさん
おかゆに、たいた小豆をぱっと散らして、別にたいておいた柔らかいお餅を入れます。
今日で、お正月も終わり。門松やしめ縄をはずして、ふだんの生活になります。
骨正月
●鮭やブリの「あら」で大根を炊く
「骨正月」という言葉、初めて聞かれる方が多いことと思います。
今では、年末年始を問わずお店は開いていますが、昔は、一月十五日まで店が閉まっていたため、暮れの内に食料品を買い込む必要がありました。
現代のように、冷蔵庫が無い時代だったので、荒巻の鮭や塩ブリなど保存のきく魚を買ってきて、 風通しの良いところにぶら下げておく、という方法をとっていました。
そうして、買っておいた鮭やブリで、半月ほど食べつないだあとの一月二十日。
この頃になると、身のところは食べつくしていて、残っているのは中骨や頭だけです。
しまつな(京ことばで、「ものを大事にする、粗末にしない」の意)京おんなは、その骨をだしにして、大根をたくのです。
始めてみませんか? 季節感あふれる京のお番菜
「京の彩り」2010年12月号と2011年1月号にて、京都の暮れからお正月にかけての行事と、行事にちなんだお番菜をご紹介しました。

行事と、お番菜(日々の食事)とをリンクさせることで、四季の移ろいや時の流れをしっかりと認識できるように思います。ともすれば、あっという間に一年が過ぎ去ってしまう慌ただしい現代ですが、行事にちなんだお番菜というものを日々の生活に取り入れることで、一日を、一月(ひとつき)を、一年を大切に過ごすことができるように感じました。

季節感あふれる京のお番菜、みなさんも始めてみてはいかがですか。

参考文献
@「京のお番菜 おそうざいの知恵」大村しげ著 中央公論社
A「京 暮らしの彩り」大村しげ著 佼成出版社
B「京 台所の詩」大村しげ著 淡交社
大村しげさんについて
大正7年(1918年)〜平成11年(1999年)

京都・祇園にお生まれになり、仕出し料理屋の店を営まれるお父様からは京料理の味を、お母様からは古くから伝わる京都の暮らしぶりを学ばれました。
昭和10年、京都女専(現・京都女子大学)国文科にご入学。
戦時中の苦しい時代を越えて、昭和25年頃から雑誌や新聞に文章を書き始められます。 昭和39年から朝日新聞京都版に秋山十三子氏、平山千鶴氏らと「おばんざい」を連載し、全国に通用する言葉とされました。
「おばんざい京の味ごよみ」「京の手づくり」「静かな京」「京・四季の味」
「冬の台所」「京都火と水と」など数々の著作を発表される一方、料理研究家としても活躍なさいました。
晩年は、インドネシアのバリ島で暮らし、数々の著作を通じてバリの芸能や食・衣料を日本にお伝えになりました。
※本文中、敬称は略させていただきました。
※掲載内容は、2010年12月時点、弊社で調べた情報によるものです。
最新の正確な情報につきましては、各企業・各店舗・その他各団体へご確認ください。
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特記事項
  • 2011年1月1日更新